~あなたたちがいる場所がお化け屋敷ですm9(^Д^)~
〇はじめに
ハロウィンと言えばお化け屋敷なのですか?〇想起する作品
「バニーマン 殺戮のカーニバル」(2016)「ザ・ゲーム」(2017)
〇こんな話
極限の恐怖を求め各地のお化け屋敷を彷徨い歩く若者たちの物語…〇恐怖の追及
お化け屋敷における恐怖というのは、店側とお客との間に絶対的な壁(約束)が構築されることで成立している。お化け役はお客様を驚かせるに当たり危害を加えることは一切無く、手を触れる事すらできない。いろいろと問題になりますからね… その配慮に対して客側は絶対的な信用を置き、身の安全が確保されているという前提で恐怖を堪能できるのである。そんな制約がある中で如何に恐怖を煽るのかという創意工夫でその溝を埋めているわけだが、お化け役とお客様との間に線引きがある以上そこに生温さを感じ辟易する者たちが出てくるのは事実。そんな強がりな方たちの過剰なニーズに応えてやろうじゃないかと、規制(壁)を取っ払うお化け屋敷が各地で出没し、また競争が激化しているという… 事件化してしまう場合もあるそうな。
究極の恐怖を探求するに当たり様々な催しを堪能することで見えてくる、壁を破壊して尚ぶち当たるお化け“屋敷”という形態におけるの恐怖の限界。
日中のトレーラーハウス(バスハウス?)での移動パートと、夜中のお化け屋敷のパートとが交互に展開されるのだが、これにより彼らの追及している恐怖というものが日常への回帰を約束されたカタチ…日常へとその恐怖が侵食してこないという前提ありきになっていることを明らかにする。
お化け屋敷の“中”という非日常と、お化け屋敷の“外”における日常との間に構築されている壁。ぶち当たる限界に対し、この壁を壊すことが究極の恐怖へのさらなる可能性であることを暗示する。
現状お化け屋敷とお客との間に暗黙の了解が存在し成立している恐怖があるわけだが、お客が「もっと頂戴♡もっと激しく♡」と諸々の概念や制限が取っ払われ、その過剰な要求に応えねばと使命感に燃える者たちが出現したとすれば、いったいどこまでの事が許されどこまでの事ができてしまうのか…
〇最後に
移動式お化け屋敷ですか。好きにやって良いと思うけど、無関係の人は巻き込まないでほしいよね。そういう意識がある人はこういうこと思いつかないんだろうけどさ(⌒▽⌒)アハハ!ではでは・・・
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