~大人災~
〇はじめに
ジョン・マルコヴィッチはさすがだよねほんと。〇想起する作品
「アンストッパブル」(2010)「マン・オブ・スティール」(2013)
〇こんな話
メキシコ湾原油流出事故。〇大人災
娘の作文にてディープウォーター・ホライゾンで何をやっているのか、どんなことが起ころうとしているのかとする示唆はうまい。小さな缶のコーラであれば・・・
事後検証が為されたからだろうか、最初から何かが起きるだろう気配しかしないわけだが、その都度の選択にて見えないところで最悪の事態が差し迫っているとする緊張感は見事。
ヌードリングの話がまた1つ縮図なのだろうか。穴に手を突っ込むのは良いが、ナマズが食いつくまでは何が起きているかわからない。見えない中手探りでやるしかないのである。だからこそ慎重に神経を張り巡らせながら事に当たらねばならないのだが・・・
そして何より驚きが、沿岸警備隊への通報が鳴りやまない中、事故当初掘削基地に居合わせた人間全てが事態を把握できていたわけではなかったということである。シャワー中に事態に見舞われる様は何とも痛々しかった。
どこかで正すことができていたら・・・
そもそも何かが起きると知っていて観ているからというのもあるが、杜撰な管理体制が不安を煽る。これじゃ大惨事が起きてもと当然の事の様に捉えるが、その時に誰も止めることができなかったということが問題で。
結果的に事故が起きたから明かされた杜撰な管理体制。どこでも蔓延しているだろうことは容易に想像できる。身近にも感じている人は多くいるのではないか。え?これ大丈夫?と・・・ しかし事故を教訓とするのではなく、単に運が無かっただけだと自らとは切り離して考えてしまう節があるのも事実。そんな中この作品は教訓として機能するだろうか。
事故が起こらないに越したことはないが、起こらないからといって安全管理を怠って良いことにはならない。余所様の事故を対岸の火事としてはいけない。しかしいくら現場が軌道修正を試みようとそれに理解を示さない上の人間がいれば何の意味も無い。
ジョン・マルコヴィッチは力説する。安全管理を怠ることを第一にケチケチやってきたから莫大な利益を生んだのだと。しかしそんな小さな積み重ねが大惨事を招いたのだ。
そして組織というモノはウンタラカンタラ…とも豪語する。どこかで誰かが停滞すれば全体が動かなくなる。車の故障が1つ示唆だったのだろうか。壊れた箇所を特定し修理できれば問題ないが、故障個所を特定できないもしくは修理できないままでいれば車はどうなるのか。まぁ何もしなければ動かないだけなわけだが、それを無理やりにでも動かすとどうなるのかというのがディープウォーター・ホライゾンでやっていたことで。
今後もこのような大惨事は度々起こることとは思う。最近日本でも不正ブームが巻き起こっている。単に今まで罷り通っていたバレなかっただけなのかもしれない。いや要求される側の怠慢というより、要求する側が過剰になったのも1つ要因としてあるのかもしれない。しかし人の生死に関わる事象でこれで大丈夫という線引きに確実なものは無いことを今一度再確認していただきたい。
〇最後に
不謹慎ではあるが被害の規模の割に犠牲者の数が少なかったのが意外だった。現場の力を思い知らされる。ではでは・・・
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