~毎日が誰かの誕生日~


〇はじめに

 デヴィッド・モースは裏切ってくれてないと逆に不安になるレベルだよね。


 この作品は安心していただいて大丈夫ですよ。


〇想起する作品

 「交渉人」(1998)
 「フレンチ・ラン」(2016)


〇こんな話

 たった16ブロック護送するだけの簡単なお仕事です…



〇毎日が誰かの誕生日

 現場の見張り且つ死体の子守りに警官として制服姿で馳せ参じながら、持参したコーヒーを流しに捨て現場で調達したお酒を嗜む姿だけで彼が如何なる人物かは容易に想像がつく。


 ここから彼が勤務を終え一日を終えようとした矢先に事態に巻き込まれるという、彼のもう下がり様の無いステータスに不安を募らせながら一呼吸置かせないオープニングが見事だった。

 基本万全を期した状態で事件に立ち向かう構図が常套句だろうが、この作品はその間を置かせない。職務怠慢が常態化した人間を間髪入れず非常事態へと突き落とすのである。

 こちらの状況などお構いなく訪れる非常事態にマイナスな感情が先行するが、それと同期する極度にネガティブな警察官と、どこまでもプラス思考であろうとする囚人との掛け合い、そして2人と追跡者との駆け引きをベースとして、捉えている情報の差異やその掛け違いによってもたらされたものを描き出す事で、今のこの状況には意味があるとしてプラスな面に転じさせていくのがまた素晴らしかった。


  人は日々何を見て生きているのか。今晒されている不幸は本当に不幸と言えるのか。見方を変えれば幸福に転じないか。

 毎日が誰かの誕生日だぜ?

 幸も不幸も、何気ない日常もひっくるめてぜ~んぶ誕生日だぜ?

 捉え方の問題であるのだと。



〇最後に

 鑑賞中は全く想わなかったんだけど、レビュー書いてたら飛躍し過ぎて「イエスマン “YES”は人生のパスワード」を想起するお話になっちゃったな。まぁいいか。

 ではでは・・・

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